謎の団体「新潟プロレス」旗揚げ、貴重な観戦レポート
(10/06 いろいろ)
ロレス #prowrestlng
posted at 01:22:21
新人オーディションは2人合格。
3試合行われ、唯一の所属選手でシマ重野選手が2試合出場。メインでは勝利。
それほど大きくはない会場ですが、立ち見も出る満員に。
一般紙でも旗揚げが報じられました。
■新潟プロレス道場開き戦・新発田 県人選手も熱闘繰り広げる [ 新潟日報社 netpark ]
TVの取材もあったとの噂。「なぜ?」というほど注目度が高い。
出場選手を見ると、地下プロレスEXIT(先月行われた第16回プロレスEXPOにも協力)との繋がりが強いようです。
アマチュアプロレスというわけではなさそう。
エースのシマ重野選手は約10年ぶりの復帰。
■新潟にプロレス新団体…メキシコ仕込みレスラー [ YOMIURI ONLINE(読売新聞) ]
同団体の所属第1号となったのは、メキシコでプロレスラーとなったがけがでいったん諦め、レスラー再挑戦となる新潟市中央区のシマ重野選手(38)。重野選手は「プロレスはアクシデントあり、涙あり、感動ありで観客を喜ばせる。いろいろな個性を持つ人に集まってもらいたい」と呼びかけている。
重野選手は小2の時に、テレビで初代タイガーマスク・佐山聡選手を見て、「まるでアニメから抜け出たよう。人間にこんなことができるんだ」と衝撃を受けた。その後は毎週、ブラウン管にかじりつくように観戦した。
高校ではボクシングで国体やインターハイに出場。卒業後はボクシングのインストラクターなどもしたが、プロレスラーへの憧れは消えなかった。「今やらなかったら一生やれない」と、25歳の時に妻と幼い長男を連れて、佐山選手も修業したメキシコへ渡った。約1年間修業し、同国でプロデビューしたが、腰を痛めて数試合で引退。2000年に帰国してからはスポーツクラブのインストラクターに転向した。
今年2月、キックボクシングジムなどを開いている村上市の山田勉さん(61)と出会い、「プロレスで新潟に夢と元気を与えたい」という考えに共感。選手を指導して協力するつもりだったが、山田さんらに「まずはお前がリングに立て」と背中を押された。
所属選手はまだ自分一人のため、東京に遠征して実戦的な練習を積んでいる。年齢や10年以上のブランクを感じることもあったが、これまで東京で他団体と3試合をこなし、動きに手応えも感じている。再挑戦に半信半疑だった妻子も、メキシコ行きを反対した両親も応援に来る。重野選手は「気力と体力が続く限り、現役として盛り上げたい」と意気込んでいる。
私はまったく知りませんでした。ルチャなのに復帰初戦が小笠原館長なのは大変でしたね(笑)。
かなり本気で取り組む姿勢のようで驚きました。そうなれば、報道が多いことおあり厳しい意見が集まることもあるでしょう。
常に周りの目を意識して団体を大きくしていってもらいたいものです。
現在はmixiのコミュニが公式サイト代わり。
■ [mixi] 新潟プロレス
12月11日に第2回興行が決定済み。
(End)
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